2019年12月24日、未解決の症例から採取された検体を解析するため、ビジョン・メディカルズという解析専門の会社に、武漢中央病院はこの検体を送付した。3日後、同社は今まで見たことのない新型コロナウイルスであるという結果を同病院に報告した1。新年から1月にかけて、世界は中国で流行が起きる可能性に備え始めた。
習近平国家主席が初めてこの件について公式声明を発表したのは、1月20日であった。
3月11日、114カ国が118,000人の感染者と4,300人近くの死亡者を報告しており、WHOは世界中にパンデミックが起きていることを公式に宣言した。

ウイルスの初期では中国の過失によってどれだけ状況が悪化したか、それ自体を審議するべきだろうが、アメリカにおける新型コロナウイルスの対応は、世界の中でも劣悪である。しかし、今日はこの大災害というべきアメリカの対応と政治の影響を考察したいと思わない。むしろ、アメリカ社会で最も重要と考えられる「個人の自由」によるアメリカ人の外出禁止令に対する反発は、私にとっては驚きではないことに焦点を当てたいと思う。
第一に、アメリカで誕生し他国とは比較できない「個人の自由」について調べる必要がある。1776年の独立宣言で導入された「侵されざるべき権利」 が、1791年の権利章典の修正第1条に明記された。この創立文書で信教・言論・出版・集会の自由(以下「個人の自由」)をすべての人に与えた。貴族だけではなく、「すべての人」の意見、思想、権利が尊重されることは、18世紀には急進的な哲学であった。そしてこの哲学の最も顕著な支持者は、アメリカを「自由の帝国」と名づけたトーマス・ジェファーソン*であった。1800年の大統領選挙でジェファーソンが勝利した結果、アメリカ社会にこの哲学を盤石とする「共和主義革命」が起きた2。
ジェファーソン大統領のアメリカは、親子関係から芸術、政府の構造まで、あらゆる生活分野に見られるようなヨーロッパの君主制のヒエラルキーを排除した。共和主義の理想は、これらのヒエラルキーを平坦化しようとし、個人が自分自身で考える自由を主張した。これは、凡人のアメリカ人のアイデアや意見が「専門家の知識と同じくらい正確である」3と考えられるようになったことを意味する。
具体的に言えば、ここで言う自由とは、病院を運営するために資格を持った医師である必要がないこと、誰もが信頼できるという前提、民間の救済策や、いかなる種類の病気の治癒を約束した「さまざまな種類の手立て」がある事を意味していた。この時代の医師でさえ、医学をより平等で一般人でも理解しやすいものにする方法を常に探していた。例で言うと、この時代にかなり名の知られた医師のベンジャミン・ラッシュ博士が、科学的証拠がなかったにも関わらず、身体的および精神的なすべての病気の原因は1つだけであると信じていた。それは「発熱」であった3。

現在のアメリカを見てみると、この哲学の影響が見てとれる。近年人気を博し続けている抗ワクチン接種運動の中心的な議論の1つは、各個人の健康管理を有するのは、医師ではなく各個人である、ということであった4。スティーブ・ジョブズも、2011年に死亡した時点ではハイテク産業で最も尊敬され、最も影響力のある人物の1人であったが、癌の初期では自身で効果的であると考えていた代替手段を支持しており、一般的ながん治療を拒否していた5。
明らかに、18世紀末と19世紀初頭に確立した共和主義的な「個人の自由」は、現代でも根強く残っている。国の創立文書にも「個人の自由」が記述されているので、これは驚くべきことではない。また、2018年のギャラップ社が実施したアメリカ人の意見の調査でも、アメリカが各個人の自由度が世界の中でも「最善/平均以上」であるとみなしているのも驚くべきことではない。

この「個人の自由」へのこだわりは、社会心理学者ヘールト・ホフステード博士の個人主義の尺度でも示されているように、アメリカの超個人主義文化を育ててきた可能性が最も高い。これは、GDPで世界最大の5カ国を構成する他の4カ国と比較すると、以下のとおりである。

超個性的な社会と、何よりも「個人の自由」を重んじる文化が組み合わさって、アメリカ人は自分自身や生活様式を脅かすあらゆるものに非常に敏感になる。ハリス・ポール/パープル・プロジェクトが実施した調査では、調査対象となったアメリカ人の92%が、「個人の自由」は脅威にさらされていると考えていた6。「個人の自由」は完全に個人的なものであるため、自らを取り巻く文化、環境が変化するにつれて、影響を受けやすいと感じている。
そして、社会および文化が変わるためには通常かなりの時間を要するが、ごくまれに文化を瞬時に変化させるものが出てくる。2020年のコロナウイルスの流行は、アメリカ人が何よりも大切に持っている個人的自由と個人主義の哲学を脅かし、アメリカの社会を一気に変化させようとした。
パンデミックが広がり始めたことから、地方・州レベルの政府は、外出禁止令やマスク着用要請の導入など、強力な行動をとることをためらっていた。アメリカでは10,000件近くの症例があり、アメリカ国立アレルギー・感染症研究所所長であるアンソニー・ファウチ博士から要請があったにもかかわらず、3月18日現在、外出禁止令を出す州はまだ1つもなかった。わずか3週間後の4月7日に、アメリカの感染者数は約40万件であった。そこから2週間もしないうちに、アメリカ人はすでに外出禁止令を無視して外出し始め、反外出禁止令のデモが始まっていた7。
これをドイツと比較すると、3月18日現在、アメリカとほぼ同数の症例件数であったが、欧州で最も厳しい外出禁止令を発注した結果、パンデミックへの対応が最も成功したと言われる8。それにもかかわらず、ドイツでも封鎖に反対する抗議は相次いだ。しかし、こうした抗議デモの参加者は、5Gモバイルネットワーク、抗ワクチン接種なども大きな問題として取り上げていた9。

アメリカにおける自由の独自性の観点と同様に、外出禁止令に対する反発もまた、メッセージングにおいて独特であった。美容院やレストランでの食事を許容するべきというメッセージボードを掲げていた抗議者たちを、多くのアメリカ人はツイッターなどのSNS上で非難したが、抗議デモの写真を調べると、多くの抗議者が憲法や権利章典で確立されている個人の自由への侵害に言及するメッセージボードを掲げていた。ドイツと同様に、陰謀説を主張する抗議者もいたが、大多数はコロナウイルスの重症度を理解しつつ、同時に政府発行の命令を拒否したようであった。


イエール・レビューの編集者であるミーガン・オルークは、アメリカ人は「自己責任の概念に中毒になっているため、他人の身体的な脆弱性から目をそらす文化」があると主張している10。つまり、アメリカ人は、自身にとって都合の良い行動であれば、社会が必要とする行動を無視しがちである。これを上の画像に当てはめれば、抗議者たちが「私のせいで誰かがコロナウィルスがかかったとしても、それは私の責任ではない。彼らはもっと注意すべきだったのだ」と言うのを想像できる。
個人主義と個人の自由の哲学を重視するアメリカ社会は、これらの権利が国の創立文書にも記載されていることにより、ありとあらゆる物事が個人の自由を侵害していると解釈できる。論理的に考えると、ある人には個人の権利を行使することが、他人の個人の権利を侵害することになる。毎年、地方、州、連邦レベルの裁判所は、この問題に正確に対処する数百件の訴訟を審理し、米国最高裁は、2000年以降、合衆国憲法修正第1条の権利を含む119件の訴訟に関する判決を下している11。
そして率直に言って、アメリカの抗議者たちは一見無知に見えるが、実際には彼らのクレームは比較的賢明でもある。イェール・ロー・スクールの講師であるフロイド・エイブラムス氏とプロジェクト・デモクラシーの訴訟代理人であるジョン・ラングフォード氏は、ニューヨーク・タイムズに説明したように、抗議者は「アメリカ合衆国憲法修正第1条で保護される」とし、米国最高裁で支持されることになる12。
それでは、こうした抗議はアメリカ社会の「バグ」ではなく「特徴」であと考えると、パンデミックが続く中で、アメリカ人が個人主義的でなくなり、隣の人の健康を優先することが期待されるのでしょうか。これはまだ確かに言えないことであり、パンデミックがどのように続くかが国民の反応に大きく影響する。
しかし、確かに言えることは、建国の父が立ち上げた権利、ここ240年間にわたり裁判所によって一貫して支持されてきた「個人の自由」への哲学が、アメリカ社会の最も価値ある側面の1つでなくなることは決してないということである。
パンデミックが終わったら、こうした自由を祝う社会がまだ残っていればいいけど。
*ジェファソーンが「すべての人は生まれながらに平等」を独立宣言に書いた当時、女性と奴隷が「すべての人」の定義に含まれなかった。でもその後、元々含まれなかったマイノリティの方々は、平等の権利を得るためにこの宣言を利用した13。
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